3度目のサザンドラ

元々ポケモンブログでしたがいまはゲーム全般について書いています

シャドウバースのストーリー完結に寄せて感謝を

 リリースからずっと追い続けてきたシャドウバースのストーリーが完結をした。ここまで楽しませてもらった感謝を綴りたい。

完結させるのは難しい

 激化するソーシャルゲーム競争の中で、シャドバが約8年間サービスを続けていることがまずはすごいことだ。長い運営期間の中で、高品質のストーリーモードを途切れずに供給してくれた。長い間大変楽しませて頂いた。
 ソーシャルゲームは儲からなくなったら終わり。サービス終了の判断はビジネス起点だ。ストーリーの進み具合など知ったことではない。そんな中でビジネス側と歩調を揃え、更新停止のタイミングでストーリーを完結してくれた。中の人の調整力と、Cygamesという会社の経営判断に敬意を表したい。
 シャドバのストーリーが好きだった。物語の序盤は毎回冗長だなあと思いながら読んでいくのだが、クライマックスはいつもアツかった。ことごとくオタクが好きな展開を踏んでくれて興奮していた。
 もちろんカードゲームが好きだからこのタイトルを遊んでいたわけだが、新パックと新ストーリーがリリースされたらストーリーから遊んでいた。存分に物語を噛みしめてから、ランクマッチへと向かうのが常だった。
 シャドバを飽きずに続けてこられたのも幸運だった。ストーリーが面白かったとしても、ゲームをやめてしまっては展開を追えない。軽い気持ちでインストールしたあのときは、8年も同じゲームをやることになるとは思っていなかった。RAGEにも何回も出させてもらったし、本当に楽しませてもらえた。


 

カードゲームへの還流

 カードゲームで新しいカードを作り出し続けるには、バックグラウンドとなるストーリーが必要だ。ポケモンカードポケモンが続く限り増やせる。遊戯王は原作シリーズを重ねることでカードを作る。シャドバはストーリーを上手にカードゲームへと還流していた。
 リオードが潜伏を持つのも、ベルフォメットがエリネイスを降臨させるのも、ストーリーとリンクしていて気持ちよかった。必ずしもすべてのカードがストーリー要素を踏襲していたわけではないが、脚本とカードゲームデザインをできる限り連携させようという意思は伝わってきた。
 魅力的なキャラをたくさん作りだしてくれた。エレノア、モノ、セリーナ、セッカ、ベルディリアあたりはキャラが好きだからデッキを作った。性能以外にデッキを組みたくなる理由ができるカードゲームは良いものだ。
 濃厚な脚本をフルボイスで作るにはコストがかかっただろうが、最後までやりきってくれた。ゼロから世界そのものを構築し、キャラクターを描き起こすのも大変だったことだろう。ゲームでしかできないような表現にも色々と挑戦してくれた。最後の最後まで。
 アリサたちは各クラスのリーダーとして用意された。彼女らがカードゲームの設定を十分に説明したとみると、レヴィールからは主役を変えるという方針転換も見事だった。物語の自由度が上がり、アメツチ編や学園編など自由度の高い物語が生まれた。
 途中からはストーリーに連動した特殊バトルも作られるようになった。ストーリーのためだけに新たなロジックを開発することは大変だったろうに、エンジニアもそこに付き合うという判断をしてくれた。ド派手で無茶苦茶なボス戦はどれも本当に楽しかった。


無限の構造とたたみ方

 運営が何年続くのかは、リリース当初は誰にもわからなかっただろう。シャドバのストーリーは、続けようと思えば無限に引き延ばせる構造で作られた。世界から世界を飛び回り、人々を虐げる管理者を追っていく。一人の管理者が倒されても、また次の敵を用意できる構造。ストーリーがもう少し長く続いていれば、ネルヴァの次の管理者が出てきていたことだろう。
 しかし終わりが来た。脚本家も無念だったかもしれない。ネルヴァを最大のラスボスに仕立て上げ、過去のストーリーを総動員した機転は見事だった。やり残したことがいろいろあっただろう。でも、破綻させまいという強い意志が感じられるまとめ方だった。管理者とは何かという問いにまで回答を用意しているとは思わなかった。
 生み出してきた数多のキャラに祝福をもたらし、置いてけぼりをなるべく作らないようにしてくれた。すべてのキャラにスポットライトが当てられたわけではなく、すべての人が100点満点をつけるわけではないだろう。だけど自分には最終章に脚本家の意思が見えて、そこがこのゲームらしくてとても良かった。8年間本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。ビヨンドも楽しみにしてます。